塩釜神社博物館に続き、仙台市博物館へ見学に行ってみようと思い立つ。
下調べに仙台市博物館のサイトを見てみると、新館オープン20周年を記念して伊達家関係の資料を中心とした企画展を開催中だという。さぞ刀剣類も充実しているだろうと期待して博物館へ向かった。
しかし、実際に博物館をのぞいてみると、太刀一振、脇差二振、拵一振(梨子地葵桐紋糸巻太刀拵)と、満足のいく展示数ではなかった。その代わり胴具足が十領と甲冑類が充実していたので、欲求不満は少し解消されたが、残念な気持ちは消えなかった。
・太刀 雙龍子玉英:火縄銃の職人から転進したという異色の刀工『新井龍右衛門』64才頃の作
・脇指 奥州仙䑓住藤原國包:二代目吉右衛門が若い頃の作
・
脇指 備前國住長船与三左衛門尉祐定作:大業物で知られる与三左衛門尉祐定の作で、作製は『天文二年八月吉日』。祐定と同銘の刀工は60名以上もいるそう
だが、与三左衛門尉祐定(永正、天文、天正)など有名な祐定は十数名で、他は俗名の無い所謂『数打物』が殆どだという。
甲冑類は『黒漆五枚胴具足』が中心で、中には姫の所用と伝えられる女性用の小振りな畳具足や、上杉謙信所用とされる三宝荒神(仏法を害する者を威嚇するため、憤怒の形相をした三つの顔を持つ神)形の兜付の胴具足など面白いものもあった。
2007年5月3日木曜日
2007年4月29日日曜日
塩釜神社博物館
『塩釜神社博物館』には、伊達家が奉納した刀などが展示されているそうなので、見学に行ってみることにした。
塩釜神社博物館は二階建てで、一階は神社関係、二階は海や塩に関する物が中心となって展示されている。目当ては神社に奉納された刀剣類で、以下の六振が展示されていた。
・太刀 来國光
・太刀 雲生
・太刀 國包(十二代)
・大脇指 永重
・刀 永繁(白龍子)
・大太刀 (無銘)
目玉はなんといって重文指定の『来国光』と『雲生』の太刀。『来国光』は、仙台藩の四代藩主伊達綱村公が塩釜神社に奉納したもので、これより各代藩主が太 刀を奉納するのが恒例となったそうだ。『雲生』も綱村公が奉納したもので、刃に二ヶ所の欠け(片方は修復済み)があり、 何かを切ったからか、はたまた激しく斬り結んだからかなどと想像をかき立てられる。ろくに見方もわからないくせに、初めて目にする刀に感動しながら、刃文 や地鉄を目に焼き付けようとした。
『国包』は大業物で知られる初代の『山城大掾國包』が有名であるが、展示されていたのは十二代の本郷源兵衛の 作。『永重』は尋常でない身幅の大脇指で、初め巨大な短刀かと勘違いしてしまった。『永繁』(白龍子)は永重の嫡流で、作は江戸の末頃。反りは1.5セン チほどで、姿が一番好みだった。無銘の大太刀は長さが2.3mもあり、行列の中でも一際目立ったそうである。
鹽竃神社には藩お抱え刀工作の歴代藩主奉納太刀が全部で三十五振あるそうなので、可能なら残りの太刀も是非見てみたい。
塩釜神社博物館は二階建てで、一階は神社関係、二階は海や塩に関する物が中心となって展示されている。目当ては神社に奉納された刀剣類で、以下の六振が展示されていた。
・太刀 来國光
・太刀 雲生
・太刀 國包(十二代)
・大脇指 永重
・刀 永繁(白龍子)
・大太刀 (無銘)
目玉はなんといって重文指定の『来国光』と『雲生』の太刀。『来国光』は、仙台藩の四代藩主伊達綱村公が塩釜神社に奉納したもので、これより各代藩主が太 刀を奉納するのが恒例となったそうだ。『雲生』も綱村公が奉納したもので、刃に二ヶ所の欠け(片方は修復済み)があり、 何かを切ったからか、はたまた激しく斬り結んだからかなどと想像をかき立てられる。ろくに見方もわからないくせに、初めて目にする刀に感動しながら、刃文 や地鉄を目に焼き付けようとした。
『国包』は大業物で知られる初代の『山城大掾國包』が有名であるが、展示されていたのは十二代の本郷源兵衛の 作。『永重』は尋常でない身幅の大脇指で、初め巨大な短刀かと勘違いしてしまった。『永繁』(白龍子)は永重の嫡流で、作は江戸の末頃。反りは1.5セン チほどで、姿が一番好みだった。無銘の大太刀は長さが2.3mもあり、行列の中でも一際目立ったそうである。
鹽竃神社には藩お抱え刀工作の歴代藩主奉納太刀が全部で三十五振あるそうなので、可能なら残りの太刀も是非見てみたい。
場所:
日本, 宮城県塩竈市宮町4−29
2007年4月28日土曜日
『ヱヴァ 新劇場版:序』の前売り券
飲み会が終わった後、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』の前売り券を購入するために映画館へ向かった。
前日の問い合わせでチケットが50枚しかないことを知り「一人二枚買うとして、25人いたら終わりだな…」と早くも諦め半分だった。飲み会は遅くとも11時頃には終わるだろうから、その足で劇場へ向かってみようと考えていたのだが、結局二次会にまで顔を出してしまい、時刻は深夜の二時前だった。 きっと今頃沢山並んでだろうから止めようかな、でも行くだけ行ってみようかなと迷っていたが、道場生のOさんが「話の種になるかな」と興味を示し、結局二人で向かうことになった。不安を胸にしながら目的地に着いたところ、何と人っ子一人いないではないか。人気がないのか、並ぶのが恥ずかしいのかわからない が、何だか拍子抜け…。丑三つ時、今度は誰も居ないことに不安を覚えながら、とりあえず寝て待つことにした。
四時頃だったろうか、男性が一人現れた。何だかホッとするも、明け方にかけて冷えてくるし、おまけに酔いが醒めて体温がどんどん下がる。更には地面と接している部位から熱が逃げていく。寒くてじっとしていられない。寒さに震えながら、時間が経つのをただひたすら待つばかり。人も少しずつ増えてきて、7時過ぎには列らしくなる。そんな時、Oさんの次に、つまりは3番目に並んでいた男性が「なんだよ朝来ても十分余裕だったじゃん!」と吐露する。それを聞いて私も軽くへこむ。6時間前から震えながら待っていた私って一体…。
そしていよいよ開館の時。ドキドキしながらチケット売り場へと 向かうと、係員に「お一人様一枚までです」と告げられる。少々邪な心があったので がっかりしたが、1,500円払って念願の前売り券とNERVマークの入ったストラップを手に入れる。今回並んでまで前売り券を手に入れようと思ったのは、このストラップ欲しさからだったのだ。これのためにしんどい思いをしたんだなと、ストラップを手にしながらしみじみしていると、あの三番目の男性の 「こんな物のために俺は時間を無駄にしたのかよ〜」という落胆の声が聞こえてきた。これを聞いてしまった私は疲れと眠気がどっと出てクラクラしてしまった…。
前日の問い合わせでチケットが50枚しかないことを知り「一人二枚買うとして、25人いたら終わりだな…」と早くも諦め半分だった。飲み会は遅くとも11時頃には終わるだろうから、その足で劇場へ向かってみようと考えていたのだが、結局二次会にまで顔を出してしまい、時刻は深夜の二時前だった。 きっと今頃沢山並んでだろうから止めようかな、でも行くだけ行ってみようかなと迷っていたが、道場生のOさんが「話の種になるかな」と興味を示し、結局二人で向かうことになった。不安を胸にしながら目的地に着いたところ、何と人っ子一人いないではないか。人気がないのか、並ぶのが恥ずかしいのかわからない が、何だか拍子抜け…。丑三つ時、今度は誰も居ないことに不安を覚えながら、とりあえず寝て待つことにした。
四時頃だったろうか、男性が一人現れた。何だかホッとするも、明け方にかけて冷えてくるし、おまけに酔いが醒めて体温がどんどん下がる。更には地面と接している部位から熱が逃げていく。寒くてじっとしていられない。寒さに震えながら、時間が経つのをただひたすら待つばかり。人も少しずつ増えてきて、7時過ぎには列らしくなる。そんな時、Oさんの次に、つまりは3番目に並んでいた男性が「なんだよ朝来ても十分余裕だったじゃん!」と吐露する。それを聞いて私も軽くへこむ。6時間前から震えながら待っていた私って一体…。
そしていよいよ開館の時。ドキドキしながらチケット売り場へと 向かうと、係員に「お一人様一枚までです」と告げられる。少々邪な心があったので がっかりしたが、1,500円払って念願の前売り券とNERVマークの入ったストラップを手に入れる。今回並んでまで前売り券を手に入れようと思ったのは、このストラップ欲しさからだったのだ。これのためにしんどい思いをしたんだなと、ストラップを手にしながらしみじみしていると、あの三番目の男性の 「こんな物のために俺は時間を無駄にしたのかよ〜」という落胆の声が聞こえてきた。これを聞いてしまった私は疲れと眠気がどっと出てクラクラしてしまった…。
2007年2月17日土曜日
スラムダンク『山王戦』
急に『スラムダンク』の桜木シュート合宿のあたりが読みたくなったので、22巻を手に取った。二〜三話だけのつもりだったのに、結局最終巻まで読んでし
まった。スラムダンクを読むのは久しぶりなのだが、今回は『湘北・山王戦』を今までと違った読み方をすることになった。それは『Hさん』からお聞きした
『能代工業バスケ部』のお話を思い出しながら読んだからだ。
Hさんは能代工業バスケ部(それも加藤廣志監督の時代)のレギュラーだった方で、その能代工業バスケ部の貴重な話を聞かせていただく機会があった。
印象的だったのは「相手がどこだろうと眼中になかった」という強気な言葉。それは慢心からくる侮りでなく、厳しい練習と過酷なレギュラー争いを生き抜いた者の自信の表れなのだろう。そして、本当のライバルは日々レギュラーの座を奪い合うチームメイトということなのだ。
伝統ある能代工バスケ部のレギュラーであるというのは選手に大きな自信と誇りを持たせると思う。しかし、時にはそれが目に見えない重圧として、選手に重く のし掛かることもあっただろう。「自分たちの代で能代工バスケ部の歴史に汚点を残してはならない」という強い思いがあったそうだ。卒業したOB達の厳しい 目もプレッシャーだったという。大会前にOBチームが胸を貸してくれるそうなのだが、そこで無様な試合をしようものなら…。
他にも大学時代、JBL時代の話もしていただいたが、惜しむらくは私にもっとバスケの知識があれば色々取材できたのに。きっと、お話を聞かせていただく機会はまたあるだろう。
あと、スラムダンクを話題にしていたとき、思いがけず「流川のモデルは外山だと思う」という一言が。大抵、登場人物のモデルはNBAの選手に求めるだろうが、Hさんの口から飛び出したのは意外にも日本人選手だったのだ。
そういえば、1999-2000シーズンのニューヨーク・ニックスのメンバー達に湘北バスケ部はのイメージをダブらせて試合を観ていたことがあった。キャ ンビーの『勉族』のタトゥーがきっかけでニックスを注目するようになったのだが、この坊主頭のPFがどことなく桜木っぽく見えたのだ。ケガのためいつも スーツ姿で試合を見守っていたユーイングは赤木。3Pシュートが武器のLJは少年の頃グレてて、更正プログラムがきっかけでバスケを始めたそうだ。グレて た3Pシューターといえば三井。湘北っぽいという勝手な思いこみでニックスを応援するようになった。このシーズンのニックスは調子がよく、何とファイナル まで進出した。スパーズに破れてしまい、残念ながら優勝を逃してしまうが、本当に素晴らしいチームだった。
赤木→パトリック・ユーイング(Patrick Ewing)
桜木→マーカス・キャンビー (Marcus Camby)
流川→ラトレル・スプリーウェル (Latrell Sprewell)
三井→ラリー・ジョンソン (Larry Johnson)
宮城→チャーリー・ウォード (Charlie Ward)
私はバスケ経験者でもスレたマンガ読みでもないので、今までは何の疑問も持たずに『スラムダンク』を楽しんでいた。しかし、Hさんのお話を思い出しながら 山王戦を読むと、才能・経験が豊富で練習量がどこよりも多いであろう山王が湘北に負けたのは不健全に思えてくる。無名チームが名門チームを破るという大番 狂わせは、少年マンガの醍醐味であり、一巻から見続けてきた主人公たちに感情移入し、勝って欲しいと思うのが素直な読者だ。有終の美を飾るための演出なの だろうが、テンションの高い展開にすっかり騙されている感がある。山王に死角はなかったはずだ。始めからベストメンバーで試合に臨み、ゾーンプレスも仕掛 けた。点差も相当離れ、片や湘北はスタミナ切れ。湘北の不利な点を上げると枚挙に遑がないわけだが、その状況から奇跡の逆転劇というのは無理がある。山王 の選手達がそれぞれ積み上げてきたものは何だったんだろうとさえ思えてくる。一つ気になるのは、連載があの後も続いていたとして、それでも湘北は山王に勝 利していたのだろうか?
何だかんだ云ってしまうのは、作者の井上雄彦がバスケに造詣が深く『スラムダンク』がとてもよくできた作品だからだ。そ れにしても、もっと桜木はじめ湘北バスケ部の成長を見てみたかった。新入部員も登場するはずだっただろう。序盤からの余計なものがどんどん削ぎ落とされ、 『湘北・綾南戦』あたりから純粋なバスケットマンガとして面白くなってきて、これからというときだったのに。実に惜しい。
Hさんは能代工業バスケ部(それも加藤廣志監督の時代)のレギュラーだった方で、その能代工業バスケ部の貴重な話を聞かせていただく機会があった。
印象的だったのは「相手がどこだろうと眼中になかった」という強気な言葉。それは慢心からくる侮りでなく、厳しい練習と過酷なレギュラー争いを生き抜いた者の自信の表れなのだろう。そして、本当のライバルは日々レギュラーの座を奪い合うチームメイトということなのだ。
伝統ある能代工バスケ部のレギュラーであるというのは選手に大きな自信と誇りを持たせると思う。しかし、時にはそれが目に見えない重圧として、選手に重く のし掛かることもあっただろう。「自分たちの代で能代工バスケ部の歴史に汚点を残してはならない」という強い思いがあったそうだ。卒業したOB達の厳しい 目もプレッシャーだったという。大会前にOBチームが胸を貸してくれるそうなのだが、そこで無様な試合をしようものなら…。
他にも大学時代、JBL時代の話もしていただいたが、惜しむらくは私にもっとバスケの知識があれば色々取材できたのに。きっと、お話を聞かせていただく機会はまたあるだろう。
あと、スラムダンクを話題にしていたとき、思いがけず「流川のモデルは外山だと思う」という一言が。大抵、登場人物のモデルはNBAの選手に求めるだろうが、Hさんの口から飛び出したのは意外にも日本人選手だったのだ。
そういえば、1999-2000シーズンのニューヨーク・ニックスのメンバー達に湘北バスケ部はのイメージをダブらせて試合を観ていたことがあった。キャ ンビーの『勉族』のタトゥーがきっかけでニックスを注目するようになったのだが、この坊主頭のPFがどことなく桜木っぽく見えたのだ。ケガのためいつも スーツ姿で試合を見守っていたユーイングは赤木。3Pシュートが武器のLJは少年の頃グレてて、更正プログラムがきっかけでバスケを始めたそうだ。グレて た3Pシューターといえば三井。湘北っぽいという勝手な思いこみでニックスを応援するようになった。このシーズンのニックスは調子がよく、何とファイナル まで進出した。スパーズに破れてしまい、残念ながら優勝を逃してしまうが、本当に素晴らしいチームだった。
赤木→パトリック・ユーイング(Patrick Ewing)
桜木→マーカス・キャンビー (Marcus Camby)
流川→ラトレル・スプリーウェル (Latrell Sprewell)
三井→ラリー・ジョンソン (Larry Johnson)
宮城→チャーリー・ウォード (Charlie Ward)
私はバスケ経験者でもスレたマンガ読みでもないので、今までは何の疑問も持たずに『スラムダンク』を楽しんでいた。しかし、Hさんのお話を思い出しながら 山王戦を読むと、才能・経験が豊富で練習量がどこよりも多いであろう山王が湘北に負けたのは不健全に思えてくる。無名チームが名門チームを破るという大番 狂わせは、少年マンガの醍醐味であり、一巻から見続けてきた主人公たちに感情移入し、勝って欲しいと思うのが素直な読者だ。有終の美を飾るための演出なの だろうが、テンションの高い展開にすっかり騙されている感がある。山王に死角はなかったはずだ。始めからベストメンバーで試合に臨み、ゾーンプレスも仕掛 けた。点差も相当離れ、片や湘北はスタミナ切れ。湘北の不利な点を上げると枚挙に遑がないわけだが、その状況から奇跡の逆転劇というのは無理がある。山王 の選手達がそれぞれ積み上げてきたものは何だったんだろうとさえ思えてくる。一つ気になるのは、連載があの後も続いていたとして、それでも湘北は山王に勝 利していたのだろうか?
何だかんだ云ってしまうのは、作者の井上雄彦がバスケに造詣が深く『スラムダンク』がとてもよくできた作品だからだ。そ れにしても、もっと桜木はじめ湘北バスケ部の成長を見てみたかった。新入部員も登場するはずだっただろう。序盤からの余計なものがどんどん削ぎ落とされ、 『湘北・綾南戦』あたりから純粋なバスケットマンガとして面白くなってきて、これからというときだったのに。実に惜しい。
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